2013年10月21日月曜日

今年の冬は豪雪傾向?



私が物心ついた頃(1970年代)には、北半球の寒冷化が問題となっていた頃だった。その頃のニュース解説では1940年代から地球全体の寒冷化傾向が始まり(100年後とかの)近い将来ミニ氷河期へ突入する恐れがあると云うショッキングなモノだった筈だ。(その頃から、マスコミは扇動傾向があったと云えばソレまでだが・・・)だが、1980年代以降、地球温暖化傾向へ転じ、産業革命に端を発する人類が排出した人為的炭酸ガス排出量の爆発的増加による地球温暖化モデルが提唱された。今日の地球温暖化問題とは、排出量取引などの金融メカニズムや南北問題とも関係し、国際政治交渉の課題と化し冷戦構造消失後の世界の緊張軸となっている。神ならぬ私には、今が地球温暖化の途上にあるのか地球寒冷化の途上にあるのかを俄に判断する事は出来ない。だが、IPCCが唱えている見解は、前述した通り国際政治課題化しており科学的裏付けより別のファクターに影響を受けている事は素人にも見え見えである。




別ブログでも再三ネタにしてきたが、太陽の磁場活動の低下(四重極構造)が報告されている。太陽活動は今日の観測態勢になる以前から過去に遡って太陽活動を知る手段がある。樹木の年輪や南極の氷床に閉じ込められた炭素の同位体、炭素14の濃度がある。炭素14は、宇宙から飛んでくる銀河宇宙線(太陽系外から地球に届く放射線)が大気分子に当たると生成される物質で、太陽活動が盛んな時は宇宙線を太陽磁場が防ぐため、炭素14の濃度が低くなる。1645年から1715年にかけて長期間、黒点の数が非常に少なくなった「マウンダー極小期」や、やはり1790年〜1830年の黒点数が少ないダルトン極小期にも炭素14が増大している事からも、黒点数が少ない時期は太陽活動が低調な時期と云う推測は正しいのでは無いだろうか?そして、今現在も続いている黒点数の減少傾向は実に210年ぶりなのだ。




全地球の気象モデルを読み説く手段として、海洋研究開発機構の主任研究員である大気海洋地球物理学者の中村元隆さんは「グリーンランド海の表面水温変化とそれに伴う北半球の気候変容」と云う論文の中で、北半球の寒冷化を予告している。1970年代に騒がれた北半球の寒冷化傾向は実際に起こっていたのだが、79年2月から3月にかけて北極に近いグリーンランド海の表面水温が一気に2度も上昇し周辺の大気の流れに影響が及んで温暖化への引き金が引かれていた事実に行き着いたのだそうだ。




 北大西洋では、海面水温が約70(±10)年周期で、ほぼ35年ごとの上昇、下降を繰り返し、北半球全体の気候に影響を及ぼす「大西洋数十年規模振動」という現象が知られているのだそうだ。過去からの振動のデータは、ちょうど80年ごろから、約35年間続く温暖化の時期に入ることを示しており、そこに79年の水温急上昇が加わったのだそうだ。そして、1979年から35年後の2014年頃に再びグリーンランド海の表面海水温に変化が生じれば、35年間の北半球温暖化期間は終了し35年間の寒冷化期間に突入する事に成る。そして、その上に前述した太陽活動の低調化である。




私が小学生の頃には、教科書で北陸地方の民家は豪雪に備えて2階にも出入り口が造られたり商店街では通行人の雪よけに雁木造が造られていたと習った。その頃には、岡山県県北でも豪雪で度々交通機関が麻痺していたのだが、ここ数年内に久し振りに豪雪と云うニュースが復活し始めている。この北半球寒冷化の傾向が事実なら、今年の冬も昨冬以上に豪雪に煩わされる事に成りそうだ。そして、太陽活動の低調化が銀河宇宙線の襲来を防ぎきれないとなると雲が形成されやすくなり、更に降雨・降雪の傾向が高まるのだそうだ。




私が子供の頃にはそうだった様に、夏は厳しく暑く、冬は厳しく寒い・・・そんな時代がやってくるのだろうか?平年なみから逸脱する気象を異常気象と呼ぶが、その平年とは1981年〜2010年までの30年間のデーターであり、当に北半球温暖化の真っ最中の30年間を平年と称する訳だ。治水インフラの進歩と整備が効を奏して我々を守ってきたと認識していたが、案外・・・そうでは無いのカモ知れない。






「命を守る行動を採って下さい」と云われても、咄嗟に何をすれば良いか判らなくなってしまうだろう。政府広報では「命を守る行動」とは「避難所に避難するか、外出が危険な場合は家の中で安全な場所にとどまる」なのだそうだ。先の伊豆大島での土石流に置き換えて考えても「避難所に避難するか、外出が危険な場合は家の中で安全な場所にとどまる」と云う対応で多くの人命が救えたのかは疑問である。対象とする危機に応じて対応は大きく異なるだろう。その時になって周章てないように事前に、それぞれの場所毎に備えるべき危機を想定しておかなければ命を守る行動は果たせないだろう。21世紀は創造の時代だと夢を抱いたが、21世紀は想像の時代なのカモ知れない。自治体に依存し過ぎるのも考え物だが、既に個人レベルの想像力で危機想定を全うできるとも思えない。「コンクリートから人へ」とは前政権を茶化すときに使っていた言葉だが、コンクリートに代表される社会インフラで多くの人々の命を救おうと云う時代は既に終わり、人が自らの命を救うノウハウと云ったソフトウエアで天変地異の危機と向かい合う時代が到来しているのカモ知れない・・・と思う。



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